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ぼんやりブログ。

ゆるーく生きていたい。考えたことなどを書いていきます。

正しいことだけが正しさじゃない。

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目次

0.はじめに

1.「正しさ」の正体とは

2.「正しくあれない人」の苦悩

3.「正しくあれない人」はどう生きていくか

 

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0.はじめに

 

 

たまに「正しさ」といったものについて考えるのですが、

世の中には色んな正しさが存在していると思います。

 

 

法律や規則を守る、スポーツでルールを守るといった明白なものから、

例えば学校では勉強を頑張る、飲み会では盛り上がる、

人として家族や友達と良好な関係を築き人間関係を充実させる、

子供として、大人として、社会人として、親として、男として、云々、、、

正しさとはあらゆる場面で存在し、常にそれを求められているように思います。

 

 

特に社会人になると職場や社会の正しさに従う必要が強く出てくるように思いますし

この正しさが"独特のもの"であることも多くなるように思います。

 

時には"社会の闇"とも言えるようなものかもしれません。

 

 

では一体「正しさ」とは何なのか

どうして正しさとして存在しているのに、それが人を苦しめることもあるのか。

そして、「正しくあれない人」 はどうしていけばいいのか

 

といったことについて考察していきたいと思います。

 

 

 

 

 

1.「正しさ」の正体とは

 

 

 

例えば「飲み会で盛り上がるのが苦手」「カラオケで盛り上がるのが苦手」

といった人も多いと思います。

 

ですがそういう場では盛り上がることが「良い(正しい)」とされることが一般的

ではないでしょうか。

 

 

 

他にも例えば「コミュニケーション能力が高い」「愛嬌がある」「かわいい」

「かっこいい」「頭が良い」「健康的」といったことも社会一般的に

「良い(正しい)」こととして望まれているように思います。(特に社会人)

 

しかし上記に挙げたようなことは当然できるに越したことはないし、

むしろ仕事によってはなくてはならない能力かもしれません。

 

だからこそ、そりゃあコミュ力は高い方が良いことだし、頭も良い方が良いし、

といった具合にそれが正しさになるのだと思います。

 

 

 

しかし、ここに一つのトリックがあることも見逃してはいけません。

 

上記のことはあくまで「社会的な正しさ」であると思います。

 

 

人が単に「正しさ」と言っている時は、あくまで「社会的正しさ」を

「(全般的な)正しさ」と思って喋っていることが多いのではないでしょうか。

 

つまり、それが「良い(正しい)」とされることは絶対的ではありません。

 

あくまでそれは「その社会における正しさ」と考えて間違いはないと思います。

 

 

 

 

例えば、

 

公務員なら挑戦よりも堅実が仕事に求められるかもしれません。

ベンチャー企業なら堅実よりも挑戦が求められるかもしれません。

 

縦社会の企業、横社会の企業、男社会や女社会、本当に様々な社会があり、

社会の数だけ正しさがあると言っても過言ではないと思います。

 

 

つまり、一概に「社会的正しさ」と言っても世の中には本当に様々な社会があり、

社会的正しさですらそれぞれの社会における正しさである必要があります。

 

 

 

 

こういった「正しさ」を全般的・絶対的なものだと思い込んで違う環境に行った時に

適応できなかったり、他人にその社会での正しさを押し付けてしまう人もいるかと

思いますが、あくまでその正しさとは限定的なものであり仮にその正しさが正しいと

される状況が多かったとしても、あくまで絶対的ではないと私は考えています。

 

 

「正しさ」について考える時、それは「何においての正しさなのか」を考えることで

その正しさの正体が見えてくると思います。

 

 

 

 

 

2.「正しくあれない人」の苦悩

 

 

しかしそんな状況で、その「正しさ」に乗れない人も少なからずいます。

 

 

飲み会やカラオケなどで盛り上がるのが苦手、

コミュニケーションが苦手、

愛想よくするのが苦手、

勉強も得意でなかったり、運動が苦手だったり、体が弱かったり、

 

色々な場合があると思います。

 

 

 

こういう場合えてして本人は適応しようと努力していることが多くて、でもやっぱり

苦手だなとか上手くできないなってことが多いんじゃないかと思います。

 

人によっては必死に自分を抑えこんで頑張って周りに合わせてたりもするのではないでしょうか。

 

特に学校での人間関係や社会人になってからの職場の人間関係、

よく言われますが女社会も相当に大変だと思います。

 

 

 

その正しさに向いてるタイプなら苦労も多少なり少ないとは思うのですが、

元々持っている性格や価値観にもよるところなので、向いてないタイプの場合

苦労は人一倍かと思います。

 

そういう自分も今でもノリが良いのとか苦手で、未だに大人数で飲むのとか避けて

しまいます。(本当はそういうの少し羨ましいのですが)

 

 

 

また社会人になると今度は死活問題で、職場の人間関係がうまくいかないと相当きつ

いと思いますし、実際それによって結果的に退職まで行くことも少なくないのではな

いかと思います。

 

上下関係、縦社会、同調思考、精神論、体育会系、など様々にそれで苦しむ人は多いと思います。(ここら辺はそもそも苦手な人自体多そうですが)

 

 

 

そして、こういったことが起きる要因としては本人の努力不足や過失がある訳では

なく、あくまで社会が今こうなっていて、それにたまたま相性が悪かったということ

だと思います。

 

これには私が人間形成について環境閾値説という立場に立って考えているということ

があり、要するに人がどういう人に育つかは遺伝と環境の要因が大きく、本人の意思

だけでどうにかなるものじゃないよな、という立場をとっているからです。

 

 

 

こんなことを言うと救いようのない酷い考えと思われるかもしれませんが、

むしろどれだけ頑張ってもどうにもならない環境で頑張り続けることは諦めて、

自分を変えるのではなく環境を変える方向に努力の方向性をシフトした方が良いの

ではないかと思っています。

 

それでも、いわゆる社会的な正しさは多くの社会で共通していることも多く、

一般的な社会に適応できない場合は他に適応できそうな社会を見つけるのも

大変だったりすると思います。

 

 

あまりにもその苦労する状況が多い場合、いわゆる「社会不適合者」なのではない

か、と当人が感じることもあるかもしれません。

 

それくらいに「正しくあれない」ということは辛いことだと思います。

 

 

 

 

 

3.「正しくあれない人」はどう生きてくか

 

 

では、その「正しくあれない人」はどう生きていくか

 

 

まず、社会的な「正しさ」と自分を照らしあわせて自分を責めるようなことが

あれば、それはしなくていいことだと思います。

 

先ほども書いたように、本人の努力次第でどうにかできる問題でないことも多く、

またむしろたまたまマジョリティな価値観が社会の正しさを規定しているだけで、

それ自体限定的・変動的な正しさです。

 

時代が変われば正しさも変わりますし、国が変われば正しさも変わります。

 

 

 

また、自分自身を責めなくて良いと同時に、社会一般的な正しさについても、

生きづらいところではありますが恨まないでもらえればと思います。

 

なぜなら、社会的正しさに適したタイプで生まれ育った人もいて、

その人自身には何の罪もないからです。

 

その人が今の世の中を正しいと思い、その世の中にそぐわない人を責めるようなこと

があったとしても、それは当人に責任のあることではなく、このような社会になった

世界の問題です。

 

人が生まれ、社会を形成し、なるべくして今の世の中になっていると考えれば、

安易に責任を誰かに持ってくることは得策ではないと思います。

 

 

 

とはいえどうしても社会には「正しさ」が存在し、その正しさとうまく距離を

とりながら世の中を渡っていかなくてはいけません。

 

その上では社会適合タイプにならなくとも、やり過ごせるくらい最低レベルのスキル

は身に付けておいて損はないと思います。

 

例えば飲み会などではいかに違和感なくその場をやり過ごすかに全力を注いでも良い

と思います。

むしろ変に合わせないほうが周りにとっても良いかもしれません。

 

 

 

そういった自分を変えるのではなくあくまで"やり過ごす"という形で、

自分は自分のままでいるのが良いと思います。

 

 

 

そして、それと同時に自分らしさを大事にし、自分に合うところに身を置くことを

大事にして欲しいです。

きっと同じような仲間が世の中にはそれなりにいると思うんです。

その人達はきっと同じような仲間を求めていると思います。

 

その人達のためにも、あなたはあなたのままで、周りがなんと言おうとがんとして

自分らしさを大事にして欲しいと思います。

(自分らしさと言っても自分勝手だったりするのは個性ではなく、まだ内面が未熟で

ある結果です。プライドが高い、短気である、といったようなところは人として成長

していくことで克服していけたら良いと思います。)

 

 

 

 

もし世の中における「正しさ」に苦しむ人がいたら、その捉え方を今一度考えてみて

欲しいと思います。

 

それはもしかしたら本人の問題じゃないかもしれませんし、もっと他の方法で解決

する必要があるかもしれません。

 

何かしら、一歩前進する参考になればと思います。

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