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ぼんやりブログ。

ゆるーく生きていたい。考えたことなどを書いていきます。

「死にたかった昔」と「生きてて良かった今」

東北に生まれ、幼い頃はブロック遊びや絵を書くのが好きだった。

少し大きくなるとテレビゲームにはまって、最初のゲームはスーパーファミコンだった。ロックマンXとかスーパーマリオ、よく分からない格闘ゲームやレースのゲームなどをやっていた記憶がある。最初にやったポケモンは緑。サンダーが好きだった。

 

手先が器用で、あとストレスに弱いというのは言われていた。我ながら小さい頃は活発で、また負けん気が強くてよく人と競っていた。(ゲームもそうだし、ローラーブレードとかそういうの)

プライドがあったからだろうが、人と競争すれば勝つことは多かった。(そりゃ、取り組む意欲が違う訳だからね)そこら辺から、既に承認欲求の強さが現れていたと思う。人一倍、人の関心や賞賛を求めた。

 

うちは三人兄弟で、姉、自分、弟。歳は大体2歳ずつ離れている。正直、幼い頃の記憶というと、弟と喧嘩して、自分が怒られていることくらいしか思い浮かばない。今記憶を思い起こそうとしたら、特に姉が記憶に出てこなくて困惑した。まあ幼い頃の記憶なんてそんなものかもしれない。

 

やはり兄弟間の格差というのは当人達にとっては死活問題で、うちは弟が優遇、次に自分、姉、という感じだったと思う。後々親に聞いてみると、"手のかかる子に手をかけたらそうなった"ということらしい。確かに、弟は中学に上がるくらいまで明らかなマザコンだった。べったり甘えていたのが今でも記憶に残る。

 

大体、この辺りでその後の成長に関わることは形つくられていたと思う。姉は孤高の極みみたいになったし、弟は豊かな自信と安心を手に入れたし、自分は孤独と劣等感を得た。姉は、親に反発することで自尊心を守り、自分は己を責めることでストレスの行き場を作った。真ん中っ子は上と下を見て育つからナイーブになりやすいというのはあながち間違いではないのかなと思う。とはいえ、泣き言を言うつもりではなくこれはあくまで状況説明。

 

まあ、それでも、家を出てしまえば、それまでの影響も徐々には薄れていって、ようやく今24歳になってちゃんと立ち直れるようになった。難しいところだけれど、それなりに親と距離をとることも致し方ないとは思う。家庭によって各々事情が違う訳だし。

昔は自分を責めていたけど、やっとそういうことも少なくなった。今はかなり生きるのが楽。一人暮らしは18歳からだから、家を出て6年かかった訳だ。

 

自分は大学で教育学を学んでいたので、発達心理学といった分野にも関心は強い。人は一般に生まれ持った遺伝子とその後の環境という2つの要因によって形成されると言う。遺伝と環境。そのため、どうしても成長のために恵まれた環境とそうでない環境というのは起こってしまう。そりゃ多種多様な世の中な訳だし。時には"毒親"の元に生まれるかもしれない。

 

とはいえ考えるべきはただの悲観ではなく、そういった環境で育つこともあるとした上で、それに対してどう対処するのかということ。「メンヘラ」と称されるような状況にある人は特に日本では相当数いると思うし、でもただそれを批判したり揶揄したりするのではなく、現実的にどう対処していくのか。これが大事。また、誰が悪い・悪くないといった責任論に終止するのも生産性がない。もっと大人になろう。そして考えよう。現実的に行動していこう。方法的にも気持ち的にも難しいことだけど。

 

 

(ちょっと話を変えて、)

子供のうちに不幸が多いと、死にたくもなると思う。だってその先に良いこともあるかもしれないけど、まだ短い人生のうちの多くを不幸が占めているうちは、人生がプラスマイナスでマイナスだから。「死んだほうがマシ」ってそりゃそうだ。だって人生がトータルでマイナスなんだから。死んでゼロになった方がまだ良い。でもだからこそ、その先でプラスに巻き返すところまで、生きられるなら生きてみて欲しいと思う。今はまだバッドエンドでも、人生の続きではハッピーエンドになるかもしれない。かといって、頑張らなきゃと思うと余計に責めちゃうし、そこは頑張れれば、でも良いと思う。

 

ただ、子供のうちに死ぬことの怖いことの一つに、その後の可能性を諦めるということはあると思う。自分も、中学で自殺を考えた時は、それが割りと一番怖かった。今死んでしまうことはできるけど、その後の人生でもしかしたら巻き返すことがあるかもしれないと思うと、その可能性を捨ててしまうことが一番怖かった。それで結局、だめなら30歳で死のうと考えて、それまで生きてみることにした。21歳くらいまでは死にたい気持ちは変わらなかったから、その頃が本当にピークで、実際に首を釣ろうとしたりも何度かしたけど、ある時哲学的に悟った瞬間があって、そこから一気に気持ちが持ち直した。かといって宗教的なのじゃないし、本当にただ悟ったって感じ。頭の中のパズルが解けたような、嘘みたいに色んなことが楽になった。

 

そこまでは本当に辛かったけど、でも今はその時頑張った自分のおかげで今こうしていられてるから、あの時の自分に本当に感謝してる。生きるのめちゃくちゃ辛かったけど、よく頑張り抜いたと思う。何度も何度も死のうと思ったけど、そこをなんとか踏ん張ってきてくれたから、今生きられている。自分自身とはいえ、過去の自分は若干中学生の自分だったりもした訳で。そう思うと、ただただ感謝するしかない。

 

 

おっと、だいぶ話が長くなってしまった。。

まあ高校の時も友達に「病んでる」って言われてたし、大学でも知ってる人は知ってるって感じで、改めて客観的に見ても病んでたんだなーと思う。そりゃね、普通の人は冗談では言っても本気で死にたいとまでは深刻に考えない訳ですよ。なので死にたいくらい辛いならそれはやっぱり異常事態で救助が必要。ただね、そういうのを批判したり揶揄する風習があるのが日本社会の闇でもあると思う。そしてそういう人に限って発言に責任は持たないしね。文字通り無責任だよなーと。なのでそういう無責任な意見はスルーするのが一番良いと思う。それよりあなたのことを大事にしてくれる人の声に耳を傾けましょう。ほんと、お願いだから。自分を大事にして欲しい。

 

人生は多種多様で不平等なので、人それぞれの過去や困難さがあると思う。「生きていれば良いことがある」だなんて無責任なことは言えないけど、「生きていれば良いこともあるかもしれない」というのは事実。みんな、幸せになってくれればと思う。

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